普通の人という誤解

爆笑問題の田中氏は『普通の男』と形容される。

特に明確に目立った意思を表示することもなく、言われたことはそつなくこなし、役に立たないわけでもない。

仕事を干された暁にアルバイトをさせれば店長候補までのし上がる実に真面目な男である。

確かに芸能界を見渡しても、相方の太田氏をはじめ個性あふれるメンツがあるなかで、比較的目立たない存在だ。

普通の男が、たまたま才覚あふれる太田氏とコンビを組んで芸能界を勝ち上がっている・・・ように見えるが、本当にそうなのだろうか。

 

個性というものについて考える。

足が速い、頭が良い、商才がある、背が高い、面白い、格好良い、かわいい。

こんなものが代表だろう。

ただ、上記のものは、数値であったり、視覚で判別できるものである。

では、声がいいは聴覚だ。

では五感で心地よいものがその人の個性なのだろうか。

残りは、触覚(触って気持ちいい)、味覚(舐めて美味しい)、嗅覚(汗の匂いがいい)だが、これはちょっと人間の魅力としては不一致。

ということは残りの2つですべて決まるようなものでもないのだろう。

だけど、実際には上記の魅力で人を好きになることが多い。

要はわかりやすい部分に人は惹かれるのだろう。

まず五感、しかもそのうちの視覚、聴覚のみ。

でも、それだけでは決してなくて、わかりにくい魅力で第一線を走っているのが田中氏なのだろう。

彼の魅力は一見わかりにくいもので、きっとそれを見抜ける人間も少ないのだ。

一般の人には彼はただの普通の男にみえる。

しかし、彼は2度の結婚もしているし異性からの魅力も兼ね備えている。

もちろん同性にも人気で草野球チームで楽しい時間を過ごす友もいる。

彼は人気者だ。

相方の太田氏は高校時代に友人がいない辛い生活を送ってきた。

大学進学時に仲良くなったのが田中氏だ。

友人関係を築くことが苦手であった彼でも、受け入れてもらえるとそう感じさせて事実があるんだ。

きっと太田氏は田中氏の独特の魅力に惹かれたのだろう。

きっとそれは今でも変わらず目には見えなく存在していて、私達を惹きつけている。

 

人間の素晴らしさというものは必ずしも目に見えるものでも、数値化されてるわけではない。

かといって説明もできない、そんなものは必ず存在していて、時には目に見える魅力で上書きされてしまうこともある。

それでも人は無意識なところでそういう魅力に惹きつけられ人を好きになるのだろう。

とりわけわかりやすいのが「優しさ」であると思う。

次に「たくましさ」だろうか。

結論としては性別のステレオタイプ的概念になってしまうが、「優しい女性」「たくましい男性」とともに、「優しい男性」「たくましい女性」もまた魅力がある。

ようするに組み合わせ自由で好きに生きたらいいのだ。

僕は経験上たくましい人間になれないようなので、「優しい男性」であり続けたい。

ただ遺伝子的に短気であるため、一流にはなれないのだろう。

しかし歳を重ねイライラも減ってきた。

老化で人が魅力的になるのはそういうことなのだろう。

明日もっと優しくなれたら僕はステキな人間になれるんだ。

だからイライラを捨てて床につく訓練をしよう。

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