東京百景

又吉直樹さんの『東京百景』を読み終えた。

読み終えてしまった、というのが正しいくらいにはその世界に入り込んでしまった。

読書好きな人の活字中毒の片鱗だけ体感できたようなそんな感覚が今でもある。

ちなみに僕は読書歴数ヶ月なので、未だ実感はない。

 

どうしてこんなにも芸人の人生は儚く美しいのか。

かつての大物芸人の歴史を本やテレビで紹介されると、心躍り興奮し最後には心温まりそして切なくなる。

これは僕の中の嫉妬、羨望、絶望の感情を揺さぶってくるからだろう。

僕はお笑い芸人に対する憧れや挑戦したくても諦めざるを得なかった想いがある。

だからこそ、ものすごく共感もするし、夢破れて諦めてしまう者たちに切ない感情を抱く。

 

芸人には確かな美学がある。

それは語り継がれるものでもあるし、背中を見て学ぶものでもある。

著書にも記されているように、それは大御所だけの話ではなく、売れない芸人にまでしっかりと浸透している。

特に、後輩芸人には必ず食事を奢る文化。

どんなにお金がなくとも、後輩芸人と食事をした際は先輩がごちそうする。

ときには借金をする姿を見せてでも、自分と後輩の成長の糧にする。

 

ああなんて格好いいんだろう。

 

現実問題として、売れない時期は本当に貧乏生活であるようだ。

悲しいことに、貧乏である、身だしなみを整えることができない、バイトも採用されないという悲しいスパイラルに陥るためだ。

そういう現実の中で、先輩芸人は理解を示し、救いの手を差し伸べる。

助け合って生きていくそういうシステムが構築されている。

 

北野武さんも努力するものが必ず報われるわけではないと語っていた。

芸人を目指して上京した者のうち、1年続くのは1割にも満たないらしい。

結局は才能の有無の話にもなるのだろうが、救いの手を差し伸べてもらえたかどうかの運も大事なような気がした。

売れている芸人のほとんどが、若手時代に〇〇さんにご飯を食べさせてもらっていた、世話になっていたと語っている印象がある。

きっとそれは現時点で売れている芸人さんもいれば、今では引退してしまってテレビで名前を出しても視聴者がピンとこないから敢えて名前を挙げない先輩もいるのだと思うと、感極まる。

悲しみを背負い、彼らは今日も舞台の上で人を笑わせている。

寝転がってお菓子を食べながら眺めているなんて失礼至極なのである。

明日もちゃんと丁寧に生きていこう、そう思えるステキな本でした。

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