おばあさんは色を描く

最近結構好きだった仕事を辞めました。

積もり積もったストレスが最悪にのしかかってきたためです。

「ああ、もう無理だな。」

と明確に感じましたので、まず間違いなく正しい選択であったと思います。

まあそんなことはどうでもいいのですが、時期にしてちょうどお盆の時期でありまして、これ幸いと実家へと帰省する良いきっかけにもなりました。

そのまま仕事を続けてた場合、新型コロナウイルスの関係で帰省は見送ったでしょう。

さて、私の故郷は盆の時期に親族が各家庭を訪問しあう文化があります。

子どもの頃はお年玉の同等のお小遣いがもらえたため、大変嬉しい季節です。(かと言って全額もらえるわけではなく、殆どは出費の補填に使用される代物です。実際には5000円ほど貰えれば感激至極でした。)

私は母親を亡くしておりますゆえ、祖母(おばあさん)が我が娘に線香をあげに毎年やってまいります。

今年も例外なく訪問してくれたため、私も面会できたわけです。

おばあさんは齢にして100であり御長寿と言われる境地に至っております。

とてもステキな状況ではあるのですが、肉体は衰えてしまうもので、私が脳内で思い起こすおばあさん像とは明確に異なるほどに、すっかりと細く小さい姿になっておりました。

仏壇への数メートルたらずの距離、そして仏壇から茶の間のテーブルまでも手を引かねば歩けないほど足腰も弱ってしまっている。

そしてつぶやく。

「なんでおじいさんは私を迎えに来ないんだ・・・。」

そんな事言わずに・・・などと数回返事をしたものの、体の不調が生きる意欲を削いでいるのが推測されるため、気持ちもわからないでもないという何とも言えない感覚が生まれてしまいます。

元気なくうつむいてため息をついているおばあさんに、ある写真を見せてあげました。

先日まで肩甲骨辺りまで伸ばした長髪姿の私の写真です。

今はバッサリと切ってしまったのですが、記念にと収めていたものです。

スマートフォンを片手にそれを見せてあげると

「あっははぁ!!」

と大きな声を上げて笑ってくれました。

「女みたいだね!」

とても嬉しそうでありました。

私は現時点で仕事を全て失って素晴らしい社会的地位がない人間です。

自慢して喜んでもらえるようなそんな人間になれなかったわけです。

そんなネタがない僕でも、「ただ髪の毛を伸ばした」そんなしようもないことで、目の前の大切な人は大声を上げて笑って喜んでくれたのでした。

これは私が今まで必死に進んでいた道が完全に間違っていたことの証明でもあります。

皆が求めていたのは素晴らしい社会的地位ではなく、元気に自分らしく生きている私の姿だったのでしょう。

どんよりとした私の心は彼女の大きな笑い声に救われました。

仕事を失わなかったら今回の出来事も存在せず、つまらない人間街道を突き進んでいたことでしょう。

本当に会えてよかった。

僕の心はすごくステキに満ち溢れました。

 

余談。

「綺麗な髪の色だね」

おばあさんはこうも言いました。

僕の使用している白髪染めは若干赤みを帯びているため、それを見て指摘したものです。

僕は弱色盲であるため、色には割と鈍感であり、染まってる実感が割と希薄です。

おばあさんは僕よりもカラフルな世界をまだ見ている。

スティーブ・ジョブズの映画に出てきたジョナサン・アイブの台詞にこういうものがあります。

『僕らは生きて夢見て色を描く』

おばあさんは、まだ生きて夢見て色を描くステキな人生を送っているんだ。

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